コンビニで見つけた傑作!『ババヤガの夜』を手に取ったきっかけ
ふらっと立ち寄ったコンビニの書籍コーナーで、この本と出会いました。『ババヤガの夜』という不思議なタイトルと、寺田克也さんによる迫力満点の表紙イラストに惹かれて、思わず手に取ってしまったんです。
正直、何の予備知識もなく購入したのですが、これが大当たり!読み始めたらページをめくる手が止まらず、あっという間に読了してしまいました。こんなにスラスラ読めて、しかも面白い作品に出会えるなんて、思いがけない幸運でした。
『ババヤガの夜』の基本情報と作品概要
『ババヤガの夜』は、王谷晶(おうたに・あきら)さんによる長編小説です。2020年に雑誌「文藝」秋号で初掲載され、同年10月に単行本化、そして2023年5月に河出文庫から文庫版が発売されました。
文庫版は全208ページというコンパクトなサイズながら、濃密な読書体験を提供してくれる一冊です。定価は748円(税込)とお手頃なのも嬉しいポイントですね。
著者の王谷晶さんは1981年東京都生まれ。本作の他に、小説集『完璧じゃない、あたしたち』やエッセイ『40歳だけど大人になりたい』などの著書があります。レズビアンであることを公言されており、女性同士の繋がりをテーマにした作品を多く手がけている作家さんです。
あらすじ:暴力とシスターフッドの物語
物語の主人公は、新道依子(しんどうよりこ)という22歳の女性。彼女は暴力を唯一の趣味とする、圧倒的な腕っぷしを持つファイターです。
ある日、新宿歌舞伎町で喧嘩をしていた依子は、関東有数規模の暴力団・内樹會(うちきかい)に拉致されてしまいます。その能力を買われた依子は、組長の一人娘である内樹尚子(うちきしょうこ)のボディガードを務めることになります。
お嬢様育ちで繊細な尚子と、荒々しく自由奔放な依子。まったく正反対の二人が、やがて独特な関係を築いていきます。そこには、名前をつけることのできない深い絆が生まれていくのです。
しかし、尚子の婚約者で残忍な拷問を趣味とする宇多川という男が現れたことで、二人の関係は大きく動き出します。血と暴力に彩られた裏社会で、二人はどんな選択をするのか――。
日本人初の快挙!ダガー賞受賞の衝撃
この作品の凄さは、世界が認めるところとなりました。2025年7月4日、本作の英訳版『The Night of Baba Yaga』(翻訳:サム・ベット)が、英国推理作家協会賞(ダガー賞)の翻訳部門を受賞したのです。
ダガー賞は、アメリカのエドガー賞と並んで世界最高峰のミステリー文学賞として知られています。これまで横山秀夫さんの『64(ロクヨン)』、東野圭吾さんの『新参者』、伊坂幸太郎さんの『マリアビートル』などがノミネートされてきましたが、受賞には至っていませんでした。
そんな中、王谷晶さんが日本人として初めて、アジアの作家としても韓国のユン・ゴウンさんに次いで史上2人目の受賞という快挙を成し遂げたのです。審査員からは「マンガと北野武の映画を融合させたような作品」「独創性にあふれ、奇妙ながらも素晴らしいラブストーリー」と高く評価されました。
ロサンゼルス・タイムズでも「この夏読むべきミステリー5冊(2024年)」に選出されるなど、海外での評価も非常に高い作品です。
『ババヤガの夜』を実際に読んでみた感想
正直に言って、この本を読み始めた時は、バイオレンスアクションという設定にちょっと身構えていました。でも、読み進めるうちにその心配は杞憂に終わりました。
まず驚いたのは、文章のリズムの良さです。王谷晶さんの筆致は鋭く、無駄がありません。まるで映画を観ているように、シーンがどんどん脳内に浮かび上がってきます。格闘シーンの描写は激しくリアルでありながら、どこか美しささえ感じさせるんです。
主人公の依子は、一般的な「美人」として描かれているわけではありません。でも彼女の生き様には、圧倒的な魅力があります。誰かの何かとして生きることを拒否し、自分の信念を貫こうとする姿勢に、読んでいて胸が熱くなりました。
一方、尚子は暴力団の家に縛られ、自由を奪われている存在です。王谷さん自身が語っているように、彼女は「日本の女性が多く感じている窮屈さを象徴するような存在」なんですね。
二人の関係性の描き方が本当に絶妙でした。恋愛とも友情とも言い切れない、でも確かに存在する強い絆。これこそが「シスターフッド(女性同士の連帯)」なのだと、読後に深く納得しました。
読んでいて気づいた作品の魅力
この作品には、いくつもの魅力的な要素が詰まっています。
まず、会話のセンスが抜群です。「指一本触れないほうがいい。手前(テメェ)の腸(ハラワタ)で縄跳びさせられるはめになる」なんて台詞、普通の人生では絶対に使うことのない言葉ですが、こういう痛快なセリフが随所に散りばめられています。
また、映画『ジョン・ウィック』シリーズや『キル・ビル』が好きな方には、きっとたまらない作品だと思います。実際、作中には犬やボールペンといった『ジョン・ウィック』へのオマージュと思われる要素も登場するんです。
そして何より、女性が主人公のハードボイルド・アクションという点が新鮮でした。しかも、依子は単なる強い女性ではなく、「女」であることの苦痛からは逃れられない存在として描かれています。男性社会における信用の壁や、組員からの性的な脅威など、リアルな問題も織り込まれているんです。
物語の構成について思ったこと
この作品、全体としては本当に面白かったのですが、一点だけ気になったのが物語の展開の仕方でした。
前半の緊迫した展開と二人の関係が深まっていく過程は本当に素晴らしかったのですが、中盤以降、物語が急に時間を飛ばして40年後に進むんです。この大胆な時間の跳躍には、正直驚きました。
もちろん、これは作者の意図的な構成なのでしょう。むしろこの大胆なカットが、読者に余韻を残す効果を生んでいるとも言えます。ただ、個人的にはもう少しその間のエピソードも読みたかったな、という気持ちもあります。
でも、この構成だからこそ、読後に「あの40年間、二人はどんな人生を送ったのだろう」と想像を巡らせる楽しみが生まれるんですよね。読者それぞれが、自分なりの「その後」を考えられる余白が残されているのも、この作品の魅力の一つかもしれません。
「ババヤガ」というタイトルの意味
ところで、「ババヤガ」って一体何なのでしょうか?
これは、スラヴ民話に登場する「魔女」のことなんです。魔力を持ち、人を取って喰う恐ろしい老婆として語り継がれています。日本語で「ババ」というと「婆婆(ばばあ)」を連想させますよね。
この物語における「ババヤガ」は、社会の枠組みに収まらない、型破りな女性たちを象徴しているように感じました。依子も尚子も、それぞれの形で既存の価値観や社会のルールから逸脱していく存在です。
まさにタイトル通り、これは「魔女たちの夜」の物語なのです。
こんな人におすすめしたい作品
『ババヤガの夜』は、次のような方に特におすすめです。
まず、映画『ジョン・ウィック』シリーズや『キル・ビル』といったバイオレンスアクションが好きな方。本作は、それらの映画に匹敵する疾走感とアクションシーンを文章で実現しています。
また、女性同士の関係性を描いた作品に興味がある方にもぴったりです。恋愛小説としても友情小説としても読めるし、それ以上の何かを感じさせる作品です。
さらに、短時間でサクッと読めて、でも読後に余韻が残る本を探している方にもおすすめ。全208ページという分量は、一気読みに最適なボリュームです。実際、私も数時間で読み切ってしまいました。
そして、日本の裏社会やヤクザの世界を題材にした小説が好きな方にも。ただし、これは単なるヤクザ小説ではありません。その枠組みを借りながら、もっと普遍的なテーマを描いた作品です。
暴力描写について一言
一つ注意点として、本作にはかなりリアルな暴力描写が含まれています。殴打、流血、拷問といったシーンも登場するので、そういった描写が苦手な方は注意が必要かもしれません。
ただし、これらの暴力は決して無意味に描かれているわけではありません。王谷さんは受賞後のインタビューで「暴力的な物語を書く責任」について語っています。本作における暴力は、登場人物たちの生き方や社会構造を表現するための重要な要素なんです。
依子が暴力を振るうことでしか自己表現できない背景、尚子が暴力に囲まれた環境で生きざるを得ない状況。これらは、言葉だけでは表現しきれない現実を描くために必要な要素だったのだと思います。
読後に考えたこと:曖昧さを認めることの大切さ
王谷晶さんは、ダガー賞の受賞スピーチで「人間は誰しも曖昧な存在」という言葉を残されています。そして「他人の曖昧さを認めることが世の中をよりよくすると信じている」とも。
この作品を読み終えて、その言葉の意味が深く理解できました。依子と尚子の関係は、恋人でも親友でも姉妹でもない。でもそれでいいんです。名前をつけられない関係だからこそ、純粋で強い絆なのかもしれません。
私たちは日常生活で、物事にラベルを貼りたがります。でも、人間の感情や関係性は、そんなに簡単に分類できるものではありません。『ババヤガの夜』は、その曖昧さを肯定し、むしろ美しいものとして描いているんです。
王谷晶さんの他の作品も読んでみたい
『ババヤガの夜』を読んで、すっかり王谷晶さんのファンになってしまいました。
小説集『完璧じゃない、あたしたち』も気になっていますし、エッセイ『40歳だけど大人になりたい』も読んでみたいです。きっと、王谷さんの独特の視点と文章力が味わえる作品なのでしょう。
また、本作は続編『カラダは私の何なんだ?』も出ています。依子と尚子のその後が描かれているのかもしれません。こちらもぜひチェックしたいと思います。
まとめ:コンビニで出会った傑作に感謝
ふらっと立ち寄ったコンビニで、こんな素晴らしい作品に出会えるなんて思いもしませんでした。『ババヤガの夜』は、予想をはるかに超えるスピード感と読み応えで、私を魅了してくれました。
暴力とシスターフッド、自由と束縛、曖昧さと確かな絆。様々な要素が絡み合いながら、一つの物語を紡ぎ出しています。そして何より、「こんな女性たちもいていいんだ」という肯定的なメッセージが、胸に響きました。
日本人初のダガー賞受賞という快挙も納得の傑作です。文庫本で手軽に読めるので、書店やコンビニで見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。きっと、私と同じように「びっくりするくらいスラスラ読めて、面白い!」と感じていただけるはずです。
王谷晶さん、素晴らしい作品をありがとうございました。そしてこの本を書棚に並べていたコンビニにも感謝です!







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