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『千歳くんはラムネ瓶のなか 9.5巻』レビュー:世代を超えて受け継がれる青春の系譜

目次

はじめに

『千歳くんはラムネ瓶のなか』の最新巻、9.5巻を読了した。本屋で見つけて慌てて購入したこの巻は、チラムネシリーズでは珍しく約300ページ弱のボリューム。6.5巻が600ページ弱あったことを考えると、かなりコンパクトだが、その濃密さは本編に引けを取らない。

表紙を飾るのは制服姿の美咲先生。この時点で「神巻確定」を予感した読者は少なくないだろう。そして実際に読み進めてみれば、それはチラムネに相応しい青色の青春で、胸が苦しくなるほどの物語だった。

蔵センと美咲ちゃん、出会いの物語

「んなとこにしゃがんでるとパンツ見えるぞ、女子高生」 「おじさんくさいですよ、男子高校生」

この軽妙なやり取りから始まる9.5巻は、芦葉高校3年生の岩波蔵之介(蔵セン)と、2年生でバスケ部の美咲渚の学生時代を描いた作品だ。そう、二人は先輩後輩の関係だったのだ。

物語は蔵センと美咲ちゃん、それぞれの視点で交互に描かれる。進路に悩む蔵センと、バスケで身長に悩む美咲ちゃん。二人の青春の焦燥は、今の千歳や悠月、陽たちに直結している。

特に美咲ちゃんの葛藤は、今の陽ちゃんに重なる部分が多い。彼女があれだけ陽に肩入れしている理由、悠月の覚醒に焦る陽を支える今の美咲先生の背景が、この9.5巻を読むことで深く理解できる。芦高では「乙女ではなく戦士」として見られていた美咲だが、実は違った。蔵センに恋してしまっているから。

悩んだ末に蔵センに救われ、恋を自覚して覚醒した美咲ちゃんがいたからこそ、今の藤志高校の女子バスケットボール部に繋がっているのだ。

「欲しい男は抱き寄せろ。振り向かないなら撃ち落とせ。私は背伸びをするように踏み切って、じれったいつま先で空を掻く」

この一文に、美咲ちゃんの想いの全てが凝縮されている。

メアド交換と赤外線通信の懐かしさ

個人的にめちゃくちゃ好きだったのは、メアドを交換するシーンだ。赤外線でメアド交換しているという描写が、たまらなくノスタルジックで良い。「実は私の下の名前覚えてるじゃん」と萌える美咲ちゃんが可愛すぎた。

これぞ青春という描写。今の時代ならLINE交換だろうが、あの頃は赤外線。その時代性が、物語に独特の色を与えている。

西野先生と蔵センの関係性

そして何よりも良かったのは、西野先生と蔵センの絡みだ。今の千歳と蔵センに通ずる関係性がたまらなく好きだった。未来の明日姉と千歳を示唆するような発言もあり、今を知っている読者にとってはたまらないシーンばかり。

特に響いたのは西野先生のこの言葉だ。

「私はこの福井でなんとなく続いている素朴であたたかい日常が好きなんだ。親から子へ。子からまたその子へ……」

この受け継がれる血脈、屋上の鍵と合わせて引き継がれるイズムが、たまらなくノスタルジーを掻き立てる。西野先生の「自信をもって幸せと言えるかどうか」という発言も刺さった。幸せなんて主観でしかないのに、誰かと比較して悲観する。そんなのダメじゃないか、とハッとさせられる。

誰もが自分の進路に悩んで生きていた。恩師と呼べるような人に出会えるというのは、素晴らしい未来の選び方だと思う。蔵センは最終的に美咲ちゃんの存在で先生になると決めるのだが、その過程が実に丁寧に描かれている。

ノスタルジアの波紋

今回の9.5巻が特別なのは、「過去」と「現在」の二重構造にある。物語の視点は、過去の高校生時代から、今の蔵センと美咲ちゃんへと移る。過去を振り返り、あの頃を想う。西野先生の「失言」で、蔵センが先生を目指したのは美咲ちゃんがきっかけだとバレてしまうくだりも良かった。

今までは、読者視点で青春を想い、ノスタルジーに浸っていた。でも今回は、蔵センと美咲ちゃんの過去を知り、今の視点に戻る過程を経たことで、二人視点で強烈なノスタルジーを感じることができた。裕夢先生の文章が、過去を振り返る物語に調和して、脳に波紋のように広がっていく。

特に車の中で独白する蔵センの言葉に悶えた。

「教師を志そうと思ったきっかけ自体はニッシーじゃないんだけど、それを伝える日はもう来ないんだろうな。いまさら押し付けるには煤けたきれいな思い出になりすぎているし、ことさらひけらかすには無垢の曲がり角を通り過ぎちまった」

思い出って残酷で美しくて、壊すには勿体ない代物だ。過去を振り返ることでしか得ることができない栄養がある。それも裕夢先生の青臭い文章じゃないと得ることができない栄養が。

誰にだってそんな思い出の一つや二つある。好きな子に目標を宣言して、笑顔で応援してもらって、それを胸に秘めて目標を達成したのに、感謝を言えずに今に至る。向こうはそんなことを忘れていると思うけど、自分の胸にはあの会話がこびり付いている。

そういうことだ。それを大人になって、たまにはお酒でも飲んで思い出して、しっぽりとノスタルジーに浸るのが大人の特権だ。学生って青くて素晴らしい。

世代を超えた視点の重なり

この9.5巻の本質は、**世代間の”重なり”と”受け継ぎ”**にある。

蔵センと美咲ちゃんが今、先生という立場で朔たちの青春を見守る時、自分たちの高校時代を思い出さずにはいられない。特に美咲先生が陽ちゃんに肩入れする理由が、自分自身がバスケで身長に悩んだ過去と重なるから。悠月の覚醒に焦る陽を支えられるのは、自分も同じ葛藤を経験したから。

そして大人になった今、蔵センと美咲ちゃん、そしてニッシーの3人で過去を振り返る瞬間がある。もう言えなくなった「煤けたきれいな思い出」を、お酒でも飲みながら思い返す。これが大人の楽しみであり、甘酸っぱさだ。

朔たちを見ていると、自分たちと重ねて見てしまう。「自分たちにもこんなことあったな」と。それぞれの世代で付き合いがあって、その繋がりが時を超えて続いている。この構造が、チラムネの世界観の深さをより一層深めている。

屋上の鍵が象徴するもの

「屋上の鍵」に象徴される系譜——ニッシーから蔵センへ、蔵センから朔へ、そして朔から紅葉へ。世代を超えて受け継がれていくもの。西野先生の言葉「親から子へ。子からまたその子へ……」がまさにチラムネの世界観を体現している。

この短編集があることで、チラムネの世界がより立体的に、時間軸を持った”生きた世界”として深みを増す。9巻までの本編を読んだ読者にとって、この9.5巻は必読の1冊だ。

なずなちゃんのエピソード

また、なずなちゃんのエピソードにも触れておきたい。彼女もノスタルジーに浸ってどこか悲観的に描かれていたが、まだ高校生だ。亜十夢を見てまた立ち上がれ。傷つくのが怖いか——そんな問いかけが胸に残る。

おわりに

青くて、泥にまみれながら部活に勉強に努力した青春時代。読みながら、自分の青春時代の思い出が頭の中を駆け巡った。彼らのような恋愛はなかったかもしれないが、それでもいい思い出だ。

この9.5巻を経ることで、10巻からの見方がまた変わるだろう。蔵センと美咲ちゃん、ニッシーの3人の関係性を知った上で、朔たちの物語を読む。それはより深い理解と共感をもたらすはずだ。

チラムネのアニメも始まり、毎週の楽しみが増えた今、この9.5巻は過去と現在を繋ぐ重要な架け橋となる作品だ。本編級のボリュームと質を持った、ファン必読の物語。

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