S&Mシリーズ第三作、森博嗣『笑わない数学者』を読了した。
結論から言おう。今シリーズで、いちばん興奮した。
トリックが明かされた瞬間、思わず声に出してしまった。「ホンテかよ!」と。
ディズニーランドのホーンテッドマンションを知っている人なら、きっとこの感覚が伝わるはずだ。あの「え、そういうことだったの?」という、仕掛けに気づいた瞬間の快感。驚きと興奮と、少しの悔しさが混ざり合ったあの感じ。ネタバレは絶対にしたくないので詳細は書けないけれど、とにかくそういう種類の、痛快なトリックだった。テーマパークのアトラクションと小説でこんなに共通する感覚を味わえるとは思っていなかった。
あらすじ(ネタバレなし)
舞台は、数学者・天王寺翔蔵が住む屋敷「三ッ星館」。天王寺は庭に置いてあったオリオン座を模した巨大なブロンズ像を、ある夜突然消してしまう。そしてその直後、密室状態の館の中で死体が発見される。
犀川創平と西之園萌絵が謎の解明に挑む、本格ミステリー。数学や星座、建築構造といったモチーフが巧みに絡み合いながら、物語は進んでいく。
トリックの完成度が、とにかく高い
本作最大の魅力は、なんといってもトリックの完成度だ。
「理系ミステリー」というジャンルの名のとおり、森博嗣先生の作品には数学的思考や論理が根底に流れている。けれど本作のトリックは、そういった知識がなくても「そうか!そういうことか!」と快感を得られる設計になっている。知識の有無ではなく、発想の転換が肝になっているからだ。
読みながら「なんとなく変だな」と感じるシーンがいくつかある。その違和感がどこから来るのかを考えながら読み進めると、謎が解かれた瞬間に全部が繋がる。その快感のために、この本は存在していると言っても過言ではない。
ミステリーとして非常にフェアで、ヒントはちゃんと物語の中に散りばめられている。騙されたときの悔しさではなく、「そうか、これがそういう意味だったのか」という納得の快感が勝る、気持ちの良いトリックだ。そしてその瞬間に漏れ出た言葉が、あの「ホンテかよ!」だった。我ながら語彙が崩壊していると思うが、それくらいの衝撃だったということで許してほしい。
犀川先生と萌絵のコンビが、今作でも最高
シリーズを通じてこのコンビの魅力は変わらないが、三作目になってより一層、二人のやりとりが心地よくなってきた。
犀川先生は相変わらず飄々としていて、感情を表に出さない。タバコに火をつけながらゆっくりと思考を整理していく姿が何度も描かれるのだが、その描写がなぜかとても魅力的で、読んでいるこちらまでタバコが吸いたくなってしまう。実際には吸わないのに。
コーヒーの描写も同様だ。地獄のような熱さのまま一気に飲み干す、というシーンが印象的で、読むたびに「自分も熱いコーヒーを飲みたい」という気持ちになる。日常行動にまで影響を与えてしまう描写の力、というのを実感した。
萌絵のほうは、今作でも好奇心旺盛で、時に感情的で、でも芯がしっかりしている。犀川先生に対してまっすぐぶつかっていく姿が微笑ましいし、彼女の視点を通して読者は物語に引き込まれる。どこか庇護欲をかきたてるような可愛らしさがありながら、頭の回転は確かで、ただのヒロインではないところが好きだ。
二人の関係性は今作でも大きく動くわけではないけれど、それがまた良い。じっくりと時間をかけて積み上げられていく感じが、シリーズを読む楽しみのひとつになっている。
「理系ミステリー」というラベルを怖がらないで
森博嗣先生の作品を勧めると、「数学とか理系の話は難しそう」と敬遠する人がたまにいる。でも正直に言うと、その心配はほとんど不要だと思っている。
確かに本作には数学の話が出てくる。オリオン座などの星座の話も出てくるし、建築構造に関する描写もある。でも、そういった専門的な要素はすべて、物語の中で犀川先生か萌絵がわかりやすく噛み砕いてくれる。読者置いてけぼりにはならない設計になっているのだ。
むしろ、知らない分野の話が小説を通じてするすると頭に入ってくる感覚は、なかなか気持ちが良い。「ああ、こういうことだったのか」という小さな発見が随所にあって、それがミステリーとしての謎解きの快感ともうまく重なっている。
数学的な思考とか、論理的なアプローチとか、そういうものが好きな人にはもちろん刺さるだろうけれど、そうでない人でも十分楽しめる。「理系ミステリー」というラベルは、ある意味でブランドであって、敷居の高さを示すものではない、と思っている。
シリーズとしての成長を感じた一冊
第一作『すべてがFになる』で衝撃を受け、第二作『冷たい密室と博士たち』で世界観に慣れ、第三作の本作では、シリーズの面白さを心から楽しめるようになった、という感覚がある。
前二作も面白かったけれど、本作は読んでいる間に興奮した瞬間の数が、今までで一番多かったように思う。トリックに対する期待感の持ち方が身についてきたのか、犀川先生と萌絵の会話のテンポに乗れるようになってきたのか、理由はよくわからない。でも、「シリーズを読み続けてきて良かった」と素直に感じた。
森博嗣先生の文体は独特で、最初は少し距離を感じるかもしれない。感情描写が抑制されていて、会話もどこかクールで、一般的なエンタメ小説とは空気が違う。でも読み進めるうちに、その温度感こそが作品の魅力だということが分かってくる。慣れると、むしろこの文体でないと物足りなくなってくる。
まとめ
森博嗣『笑わない数学者』は、S&Mシリーズ三作目にして、個人的に今シリーズいちばん興奮できた一冊だった。
トリックの快感、犀川先生と萌絵のコンビネーション、理系要素の絶妙な使い方——どれをとっても高水準で、ミステリー好きにはもちろん、普段あまりミステリーを読まない人にも自信を持って薦められる。
「気になってるけど手を出せていない」という人は、問答無用で読んでほしい。損はしないと思う。









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